こんにちは、あのぶるです。昨年末の紅白歌合戦はご覧になりましたか?
鋭い方はこの質問で何を話題にするかお気付きになったかもしれません、今回は紅白歌合戦でも披露された「AIひばり」を下敷きに、「プログラマの倫理」を前回とはまた別の側面から考えていきたいと思います。

「AIひばり」とは

まずは「AIひばり」について簡単に紹介しますね。
紅白歌合戦で、という枕があるくらいですので「ひばり」とはもちろん昭和を代表する歌手、美空ひばりさんのこと。30年前にこの世を去ってしまった彼女の歌声を、AIの技術を駆使して合成音声として蘇らせ、新曲を歌ってもらおうと試みたのが「AIひばり」と呼ばれているものです。正確には合成音声と新曲制作に加えて歌に合わせた表情や口の動きの合成、モーションキャプチャによる振付、メイクや衣装の考案まで含めて「AIひばりプロジェクト」と呼ばれているのですが、今回は特定個人の歌唱の特徴を再現することに特化した合成音声による新曲を披露した点にフォーカスしたいと思います。

合成音声の開発にはYAMAHAのVOCALOID(YAMAHAが開発した音楽向け合成音声ソフトウェア)開発チームが携わっているため、AIひばりは文字通り「令和元年における世界最高の美空ひばりVOCALOID」とも言えるでしょう。YAMAHAのWebサイトにもVOCALOID:AI(AIひばり)についての特集記事がありまして、私たちが購入して利用することのできる一般的なVOCALOIDとの違いなど、他媒体とはちょっと異なる切り口からこのプロジェクトを知ることができます。

ひばりさんの面影を探して

実は紅白歌合戦に先駆けて、昨年末にAIひばりの開発を追ったドキュメンタリーが放送されていました。有料ですが、こちらからアーカイブを視聴することが出来ます。


AIひばりそのものの開発ももちろん、その流れの中で美空ひばりさんの歌声が何故人を惹きつけるかなどにも触れられており、とても面白い番組でしたので興味のある方は是非視聴してみてください。
紅白歌合戦では限られた時間の中でしたのでどうしてもファンの心を揺さぶる演出ばかりに目が向きがちでしたが、こちらは技術のネガティブな側面も含めてとてもよく纏められていると感じました。

私はこの記事を書くにあたり番組を改めて視聴して「美空ひばりさんの歌をもう一度聴きたい、ひばりさんに会いたい」という一心でプロジェクトに参加した人たちの気持ちを簡単に「亡くなった人への冒涜である」と切り捨ててしまう気持ちにはとてもなれませんでした。
(所謂政治層の問題については今回スコープ外なので割愛します)

ただし、本人の声をベースにしたとは言え、どんなに精巧な合成音声を作ったとしてもそれはあくまで「美空ひばりさんの声にとてもよく似た何か」であり、本当の意味でひばりさんが蘇るものでは決してありません。このドキュメンタリーでも言及されている通り、「亡くなった人を本人の意思とは関係なく蘇らせるかのような試み」の危うさや、より単純に「特定個人の声を再現しようとすること」が孕むリスクが現実のものになりつつある、という点は心に留めておかなければいけません。将来、より少ない音声データから高精度の合成音声を作れるようになったとしたら、一般の人までも迂闊に音声を残せない時代がやってくるかもしれません。一方で、同じ技術を筋電センサーなど口や喉の動きを検知する仕組みと組み合わせることが出来るなら、それは怪我や病気で声を出せなくなってしまった人を助けうる技術にもなります。それは一直線上の未来ではないかもしれませんが、間違いなくこの試みの先に存在するはずです。

その技術は誰のため

ドキュメンタリーの最後で秋元康さんが述べたように、テクノロジーは時に奇跡とも呼べるような実りをもたらしますが、それは人間の夢や願いを乗せてこそ起こりうるものです。AIひばりの歌声が学習データにないジャンルの新曲を歌いこなせなかったとき、語りパートの学習に使える音声が足りず曲の雰囲気に合わなかったとき、それらをもっと良くしたいと願ったのはAIひばり自身ではなく、開発する人間の側でした。ひばりさんの面影に触れたかった人たちの願いがAIひばりを作り上げたとも言えるでしょう。

たくさんの人がそれぞれの願いを胸に、競い力を合わせて積み重ねてきた技術をこれから何のため、誰のために使うのか、その願いは本当に人を幸せにするのか——例えばクローン技術の是非のような——人類の歴史の中で繰り返し投げかけられている問いを、コンピュータサイエンスの分野でも本格的に考え始めなければいけないということだと思います。


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あのぶる

Software Engineer
杜の都で育ち、赤べこの街でコンピュータのいろはを学んだソフトウェアエンジニア。今はスマホゲームのためのWebAPIを作るお仕事をしています。最近はすっかりガルパンおじさん化。